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最後はみかんのはなし

 釣りに行っても、持って帰ってくるのが、
みかんと干物だからね。

  これは、娘の母がぼそりと言ったひとことである。


 たしかに、妻のひとことは正しい。
正しいけれども、ひとつもおもしろくない。


 干物屋さんは、うちの店の隣に数回、イベントで出店した店で、
ひどく懇意になって、くしくもわたしどもの行く釣り場のすぐそばに
工場があるため、沼津に行くたびに、
この工場によって、サバの干物を買うことになった。


 魚じゃ、中トロでもなく、キンメでもなく、ノドグロでもなく、
鯵でも、シマアジでも、ボタン海老でもない。サバだよ。

 あの野趣味ゆたかな、ちょっと下卑た、力強さこそ、
これが日本だ、わたしの国だ♪

 みかんも、釣り場のすぐそばに、販売所があって、
一袋、入れ放題で200円と破格。

 で、そこは、ほとんどひとがいないのでわたしが
3袋も買おうものなら、販売所の女性は喜んで、
「もっと入れてください、もっと、もっと」
と、加勢してくれる。

 遠慮ぶかいわたしなので、まだ余力のあるうち
ビニール袋を結ぼうとすると、
「もっと入れて、入れて」
と、哀願するような声で言うのだ。


 これを野田さんは横で聞いていて、にやにやしていた。
野田さんは、きっとちがうシュチエーションを想像したにちがいない。

 なにしろ、すけべ爺さんだから。


 むかしから、みかんは好物で、これは、わたしの母のまた母。
つまり祖母からの影響である。

 祖母は、長崎の生まれで、
みかんは伊木力にかぎる、と、いつも言っていた。

 伊木力という地は長崎のある地域で、
温暖な気候と急斜面の土地ゆえ、みかんがよく育つ。

 そこで育った伊木力みかんは、他の長崎みかん、
あるいは、三ケ日みかん、静岡みかん、などくらべものにならないほど、
味が濃く、甘く、上質なのである。

 祖母の言う通りで、伊木力のみかんは、他のみかんとは
値段的にもはるかに上なのだ。

 牡蠣でいうなら、広島よりも、北海道厚岸(あっけし)の昆布盛のほうが
はるかに上質なように。

 
 で、娘の母が、みかんが食べたいというので、
清水の舞台から飛び降りるつもりで、
伊木力みかんを注文したのである。


 散財である。


 で、10キロの箱がとどく。

 
 さっそく味見。

 
 美味。


 言葉にできない♪


 このおいしさは、みなに共有しなくてはならない。

 わたしは、ナナコの住む練馬に届けた。


 と、ナナコは、届けるや、そのおいしさをLINEで返してきた。

 味が濃くて、甘くて・・・・


 そう、そりゃそうだ、伊木力だもの。

 ナナコの母は、わたしの母の妹、つまり叔母にも届けたのだ。

 叔母はもう90歳を越しているのだが、拙宅の二軒先に住んでいる。
ついこの間まで、町会長を務めた街の重鎮である。

 ナナコの母は、みかんだけではもうしわけないと、
五目寿司とともに叔母のところにもっていった。


 と、叔母はこう言ったそうだ。

 「あら、伊木力のみかん。ねぇさんが好きだったわね」


 うちの母も好きだったかもしれないが、
あなたのお母さんが好きだったんですよ。