夏の合宿で歌仙を巻いた。
あの一晩はわれわれをひどく刺戟した。
平安時代は、歌仙ではなく、
上の句と下の句とを別の人が作るということが
盛んであった。これを「付け合い」とよんでいる。
歌仙と決定的にちがうことは、
歌仙が長句、短句をまったくおもむきの
異なるものでむすびつけてゆく、
つきはなしてゆくのに対し、
付け合いは、上の句と下の句とのあいだに
共通するしかけがあることだ。
つまり、上の句と下の句とがたがいに共鳴するようになっていることである。
もちろん、付け合いは、二人でひとつの
和歌ができあがるわけで、
それ以上の発展性がないから、
もともと歌仙と比較するのも意味がないかもしれないが。
源俊頼の『俊頼髄脳』という書物には
つぎのようなくだりがある。
為政の屋敷に源重之が立ち寄り、
酒を振舞われる。酒宴のさなか、
障子を押し開けてみると、
そこには生駒山がそびえていた。
そこで、重之が即詠する。
・雪ふればあしげに見ゆるいこま山
生駒山という名前にちなんで「葦毛」と
馬の毛並みをおり込んで詠んだのだ。
葦毛は白い毛に黒色の差し毛があるもの、
眼前の生駒山にふさわしい。主人たる為政は、
これに見合うだけの下の句を付けなくてはならい。
が、これがうまくゆかないのだ。
熟考するが「たびたび詠じて、付けむとしけるに、
いかにも、え付けざりける」とまったくだめである。
と、そこに身分の低い侍の幸文太という者が
いかにも付け合いに応じるようすを見せたのだが、
主人のプライドもあってなかなか認めない。
が、刻々と時間ばかりが過ぎて、
ついに為政はあきらめ、
幸文太に下の句を任せるのである。
さて、ここで問題です。幸文太はいかに付けたでしょう。五択です。
イ ものあはれなるはるのあけぼの ロ いつなつかげにならむとすらむ
ハ 浅茅が原に秋風ぞふく ニ よしのは里に冬ごもれども
ホ 天のかぐ山くも隠れゆく
いかがです。答は「ロ」。
「なつかげ」のところにしかけがありました。
「鹿毛」はシカの毛のように茶褐色の毛色のこと。
つまり生駒山の夏のようすを想像したのである。
この問題は、
早稲田大学の政経学部の昭和六十年代の古い問題。
できましたか。
・雪降ればあしげに見ゆるいこま山いつなつかげにならむとすらむ
これで一首の完成である。
この見事な出来ばえに感激して、
重之は着ていた最高級の着物を幸文太に
褒美として与えたということだ。
歌がうまいと得をするのは、昔だけのことですかね。