よせばいいのに連休中、車に乗ってしまった。
それも東名高速。
さいしょっから承伏していることだったが、
それにしてもあの渋滞という現象はなんとかならないものだろうか。
万人がおもうことだが、あの渋滞の先頭はどうなっているのか。
とくに自然渋滞、自然に渋滞が起こるとはいったい
高速道路とはいかなるメカニズムなのかはなはだ疑問である。
と、交通機動隊が路側帯に立っている。
それも成田空港で検問しているくらいの
警察官の数である。路側帯を涼しい顔で通行している輩、
そいつを取り締まるためだ。むかつくね。
みんながいらいら我慢しているというのに、
すいすいいちばん左を走ってゆく。
とっとと捕まってしまえ、なんていつも心で念じているのであるが、
いざ、ほんとうにそいつが捕らわれの身になったのを見ると、
すこぶる快感、ざまみろ、とおもうのである。
ちょっとほっとするんだね。正義が守られたみたいな気になる。
が、こんなのろのろの中でずっとあのスカイブルーの
白ヘルメットを見ていると、むかついてくる。
だいたいなんで交通機動隊がここで取り締まりを
しているのかと言えば、大渋滞を予測しているからなのだ。
大渋滞になることがわかっているなら、
その渋滞を全力で緩和させるのがおまえらの
真の役目というものではないか、
とそんなことをわたしは考えてしまう。
われわれの血税で生きているくせにそのわれわれをハナから犯人扱いしてあり地獄よろしく待ち伏せしている。卑怯じゃないか。それはまるで地獄からはい上がってくるカンダダをおい、はやくあのセリフを言え、あの名セリフを言え、と心待ちにしているお釈迦様のようである。
こら、おまえたち、これは俺の蜘蛛の糸だぞ。
ほーら、カンダタが言ったぞ、待ってました。
ブチッ。
お釈迦様は蜘蛛の糸を切る準備に余念がありませんでしたとさ。
こんな感じだ。
だいたい警察というしくみは、ひとの幸せを祈る場所でなく、
悪を懲らしめる必罰の空間であるのがいただけない。
抑止力というスローガンを信じ込み、
まったく同情の余地がないところに腹が立つ。
そのくせ、犯罪検挙率は合衆国に続いて
ビリから二番になりやがって。ばか。
なんて、日本国家の抱えている矛盾に憂えていると、
電光掲示板が見えた。そこにはオレンジのドットの
明かりでこう表示されていた。
「ここから渋滞 10キロ 40分」
ね、むかつくでしょ。わたしはまた別種の怒りが
こみ上げてきたのだ。なにが「ここから」だ。
「ここから」という語彙は、起点を示すのである。
じゃあ、ここから渋滞であることは認めるとしても、
(現にエンエン渋滞しているのだから)
いままでのこののろのろ運転はいったいなんだったのか、
わたしのいままでの苦労はどう報われるというのか。
マラソンで十キロくらい走ったところで、
「ここから競技、三十二キロ、二時間五分」とか掲示されていたら、
どうするんだ。腰砕けになるじゃないか。
ここが、日本道路公団の語彙力の
欠乏しているところなのである。
「ここから渋滞」ではないのだ。
いままでも渋滞、ここからも渋滞、
つまり、この場所は起点ではなく、通過点なのだ。
じゃ、どうすれば、この渋滞の中をけなげにも遵法、
従順に走行しているファミリーパパに同情しつつ、
情報を提供することができるのか。それはこうである。
「ここからの渋滞 10キロ 40分」
と、「の」を挿入するだけでいい。そうすれば、
ああ、いままでも混んでいたけど、
これからも混むのか、仕方ないなあ、
なんて安らかな気分にひたることができるのである。
たった一語ですっかりひとの気分というものは
変わるものである。不細工な彼がいて、
その不細工さにほとほと閉口している
彼女をなぐさめようとした親友の女性が、
人間は顔じゃないよ、心だよ、と言おうとしたのが、
「あなたの彼、人間の顔じゃないわよね」と言ってしまって、
それ以来、不仲になったという有名なはなしがあるが、
一言の重要性という事情をもっと真摯に受け止めるべきだね。
ことばの恐ろしさにはついては
いまさら述べることもないかもしれないが、
イラクを占領しているアメリカに抵抗する
イラク人をテロリストと呼ぶことを
平気で受け止めている世界が怖い。
たとえば、日本の温泉から、
温泉でなく石油があふれてくるとする。
資源のない国がいっきにリッチな国になるのである。
別府油田、箱根油田、黒川油田、石巻油田、
ともかくそこいらじゅうから石油が出てくるではないか。
現代版、花咲か爺さんである。
と、ホワイトハウスからラムズフェルドがスピーチをするのだ。
「ワレワレハ知ッテイル。日本ニ大量化学兵器ガアルコトヲ」
ちょっと待ってくれ、そんなもの持ってないよ、
と日本の政府があたふたとしているさなか、
沖縄や厚木から米陸・海軍が押し寄せ、
トマホークやら地下で炸裂する爆弾やらで、
あっというまに永田町は瓦礫の山、
靖国神社の大村益次郎の銅像は倒され、
暫定統治国家がアメリカ主導で動き始める。
ふざけるな、われわれがいったい何をしたというのか、
うまし国ぞ秋津島、瑞穂の国をまもらんと、
正義感あふれる同士が立ち上がり、
なんとか准将をやっつけようと闘いを挑んだ
日本人をアメリカは、テロと呼ぶのである。
つまり、力の強いものの横暴を、
民主主義の解放とうたい、非力なものの正当防衛をテロという。
ことばとは力量の相互作用によってどうとでもなる、
ということなのである。このへんの事情は
文法学者チョムスキー先生が論破しているらしいの
でわたしがとやく言う余地はないけれど、
むかつくことにはかわりはない。
高速道はいまだ渋滞している。
まだ海老名にも着かない。
おまけに雨も降ってきた。