景気が悪い。おのず世の亭主のこずかいも少ない、
こんな知悉のことをいまさらなんだと言わず、
すこしおつきあいいただいて、
きょうは、世の男のための倹約、昼のメニューの提案である。
第三京浜の都築インター付近のパーキングにあるそば屋、
あそこのそばはほかの店よりはるかに上質でおいしいのだが、
てんぷらそばをたのむのより、
そばとかきあげをそれぞれ単品でたのむほうが、
一〇円安く注文できるのだ。
わたしは別々の日にどちらも試したが、
まったくおんなじものが出される。
つまり、セットにしたほうが割高なのである。
ずいぶん、セコい値段設定だなあ、
とつくづくおもっていたら、
くしくも音楽のH先生がわたしのところに得意げにいらして
「知ってますか、第三京浜の都築インターの
そばですけれどね、
あれ、てんぷらとそばと別々に注文した方が安いんですよ、
一〇円ですけどね」
なんてお話になったのだ。やはり気づくところは、
万人いっしょなんだなとちょっとおかしかったが、わたしは、
「知ってますよ、おんなじものが出てきますよね」
と言ったら、
「なんだ知ってたのか」
風来坊はひどくつまらなそうな顔をされていた。
しかしながら、この幼稚園の年長さんにも
わかってしまう足し算はおのず、
そば屋も感づいて、
いまではおんなじ値段設定になってしまっている。
なんというケチな裁量だこと。
かまど屋の弁当に、ビビンパ弁当がある。
おかずとビビンパとコチジャンがついて五〇〇円だったとおもう。
おかずだけなら四〇〇円だ。
だから、ビビンパのおかずぬきは、
だれが計算しても一〇〇円のはずだ。
そこで、ビビンパのおかずぬきを注文する。
そうすれば、一〇〇円でライスとコチジャンがついてくるので、
廉価でコチジャンライスを食べられ、
急場はしのげるというものだ。
ただ、これはまだ実地におよんでいない。
ここがコツなのだが、ビビンパのおかずぬきは、
たぶん、店が拒否するような気がするので、
ねばりが必要である。昼のくそ忙しい時間に電話するのである。
「じゃ、おかずのみがあって、
なぜおかずぬきがないんですか、そういうことができない、
と店のチラシの何行目に書いてあるんですか、
それとも、あなたの店は売る客と売らない客をさいしょから
区別しているんですか、それは、とりもなおさず差別ではないですか。
いいですか、わたしは近所で仕事をしていて、
しょっちゅうお宅で注文しておりますが、
こういう待遇を受けるのは、屈辱以外のなにものでもありません」
と、エンエン、支離滅裂、わけのわからないことで相手をいらつかせるのだ。
いらついた相手は、「はい、はい、もーわかりましたよ」と
こうくるに決まっている。そこで、
「もー、とはなんですか。それじゃわたしがまるで
イチャモンでもつけてるみたいじゃないですか」と
だめ押しみたいなことをしないこと、
ここがかんじん「あ、そうですか。すみませんねぇ」
とがらり低姿勢にでるのが処世術というものである。
マクドナルドのビッグマックは390円。
消費税をいれると二六二円である。
高い。で、わたしが考えのは、ハンバーガーをひとつ購入。
チーズバーガーをふたつ購入、つごう三個のハンバーガーの、
チーズバーガーのふたのパンと、
ひとつは、おんなじチーズバーガーの底のパンをはずして、
ハンバーガーと合体させるのだ。
そうすると、肉が三枚乗せられた、トリプルビッグマックが完成する。
略して、TBM。おまけに、肉なしなのパンだけが残るしくみだ。
このパンは食べたが、あまり美味とは言えないから、
友人に50円くらいで売るといい。
と、だったら三つ別々に食べればいいじゃないか、
そんな無粋なことをいうやつがいそうだが、
ハンバーガーの醍醐味はあの厚さにあるのだ。
大口を開けていっきにほおばる快感は、
アメリカンティストそのものなのである。
おまけに、このTBMはお買い得になっている。
ビッグマックより50円も安くたべられ、
肉もいちまい余計にはいっている。
ここでTBMの作り方のコツ。
みっつをいっぺんに乗せるとき、
それぞれのピクルスを互い違いに乗せること。
そうでないと、いっぺんに三枚のピクルスが口に入ってきてしまう可能性があるのだ。
ただし、TBMの弱点は、
マヨネーズソースのようなものやレタスの残骸が入っていないところだ。
しかし、これは、松屋においてある無料の
サラダドレッシングをかけるとかなり補強されるので、
松屋に行くついでに、白いドレッシングはいつも失敬してくることをすすめる。
ポップホップという二四時間のカレー屋があり、
三八〇円でカレーが食べられる。
すこぶる美味とはいわないまでも、
そこそこの満足は得られる。
ひとつうれしいことに、この店には、辛口にするためのねっとりとした
ソースのような香辛料が無料で使えることだ。
このソースがひどく辛い。で、わたしはライスにこのソースを
べちょべちょとたらして食べてみたのだが、
これが、カレーとおんなじ風味がしてけっこう美味なのである。
ポップポップには、おかわりごはんが一五〇円であるから、
わたしの推薦は、「おかわりごばん」ひとつを注文する。
出てきたライスにこの辛口ソースをふりかければ、
インド風カレーのできあがり、
たっぷり無料の福神漬けを乗せてお召し上がりあれ。
ただし、ひょっとすると、ポップポップは、
おかわりごはんだけを拒否するかもしれないので、
そうなったら、ねばりがかんじんだ。
「これは、おかわりごはん、
いう商品なんですよね。さいしょから
おかわりごはんを注文してはいけないって
どこに書いてあるんですか・・」
どこかで聞いたようなフレーズの攻撃を
するしかないのだ。あるいは、
もう少し、紳士的にはなしを進めたいのなら、
カレーとおかわりごはんと二品注文するのだ。
そうして、しばらくして、
「すみません、カレーやめたいんですけど」とキャンセルする。
こうすれば、まちがいなく、わたしの作戦は成功するだろう。
自由が丘にある立ち食いそば屋。ここのそばは、
どこよりもおいしく、どこよりも安い。
二三〇円でそばやもりそばが食べられる。
また、この店には、七〇円足すと、
特上のそばをその場で煮てくれる。
この特上そばは北海道の小麦を使った香り高い逸品で、
もりそばは、つまり三〇〇円。
その大盛りは一五〇円増しの四五〇円で食すことができる。
が、よく券売機を見ると、冷やしの大盛りが一五〇円増しなのだが、
特上そばの暖かいほうをたのもうとすると、
そのボタンがないのである。だから、わたしは店のひとに、
このそばの大盛りはどうすればいいのですか、
と訊いたところ、その下の大盛り券を買ってください、と言う。
大盛り券は、ふつうのそばうどん用のだから一〇〇円なのだ。
冷たいと一五〇円増しで、暖かいと一〇〇円増し、
この店のしでかした計算の矛盾を、
しめた、とわたしはおもった。
が、この不条理を店のひとには指摘も忠告もせず、
わたしはいつも、特上そばと大盛りの券を
店のカウンターにこっそり置いているのである。