製薬会社の研究員に知り合いがいて、
彼のおかげでわたしもずいぶん助かっている。
彼は、高血圧や心臓病の専門で、
世界の論文を読み、そのデータや使用法なんかを
全国とび回ってドクターたちに講演をしているそうだ。
ついこのあいだまでは、医者からの問い合わせの部署にいたので、
「なんとかという薬をいくつ投与したら、
患者がこんなになっちゃったんだけど、
どうすればいいんですか」なんて
電話での質問に応対していた。
毎日、困惑した全国の先生からの電話で
けっこう忙しいと彼は言っていた。
このはなしがすべてではないにしても、
どうも医者というのはあてにならないという、
わたしの医者への懐疑意識はますますつのったものである。
その彼が、
「先生、はげに効く薬がでますよ」
と、わたしに教えてくれたのである。
ちなみに、わたしは、べつにはげている、
いないということをそんなには気にしているわけではない。
以前、渋谷の薬屋でビタミン剤を購入したとき、
三本の試供品のサンプルが入っていたのだが、
その三本すべてが育毛剤だったときにはさすがに腹は立ったが、
日常は気にならない、気にしていない。
ま、気にしていないというものの、
あるものがしだいに乏しくなったのは事実なので、
ないよりあることにこしたことはない、そうはおもう。
それは、貯金とおんなじで、貧乏でもそこそこ暮らせるが、
もし、しこたま預金があるなら、
そのほうが心身ともに裕福なるのは自明の論理である。
もうすこし若い頃は、それでもすこしは気にしていて、
妻も「アデランスで増毛でもすれば」なんて言っていたが、
「あれって高いらしいぜ、一本数百円するから、
頭全体だと車一台分くらいになるみたいだぜ」とわたしが言ったら
妻もびっくりしたとみえて
「えー、じゃ太いの二、三本打ってもらったら」って、
ふざけるな、家の基礎工事じゃないんだぞ。
さいきん、リアップという育毛剤が話題をよんだが、
あれは、高血圧かなんかの薬、ミノキシジルの副作用
(ミノキシジルの副作用は、多毛症なのだ)を応用しているので、
効き目が間接的なものだったが、
こんどの、新薬は直接、髪の毛に働きかけるらしい。
新薬と言っても、すでにアメリカなどでは、
薬局においてあるので、日本がおくれているという現状だが。
すでに、厚生省に認可を要請したらしいので、
二年後には、処方箋付きで入手できるかもしれない。
厚生省認可は通常二年はかかるそうだ。
その薬は飲み薬で、男性ホルモンからくるはげにしか効かない。
なにしろ、男性ホルモンが強いと毛がぬけるらしいので、
そのホルモンを抑制させるものだという。
これよりも五倍も強い薬品を別の病気に使っているから
副作用の心配はないという。一年間のスタディでもその報告はなかった。
それでも、わたしはすこぶる気になったので、彼にたずねた。
「男性ホルモンを抑えるとさ、つまりは、
へそより下のほうも抑えられちゃうんじゃないの」
この薬がもし確実に効けば、
わたしは髪がふさふさになるのと同時に、
ある部分が冬のひまわりみたいになっちゃうわけだ。
「あ、そういう可能性はあります」
「うーん、それもいたし返しだな」
「大丈夫ですよ、バイアグラがありますから」
バイアグラ、ちょっとまってくれ、
わたしは、バイアグラが効きすぎて
直らなくなったという症例を聞いたことがあったのだ。
つまり、鬱血したままもとにもどらなくなってしまうのである。
指にゴム輪をはめて小一時間もいれば
真むらさきになってしまうが、
あんな絵を想像したので、わたしは彼に言った。
「バイアグラはだめだよ、
もとにもどらなくなったら大変じゃないか」
と、研究者は言下にこう言った。
「大丈夫です、それを治す薬もあります」