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北風小僧

 仕事がおわったのが11時。
大岡山にたどり着いた。
 
 昼は暖かったものの、やはり、
夜となるとまだ北風が商店街を吹き抜ける。


 そのとき、ちょうど電話がなった。

 

 寒いね。

 とわたしが言うと、彼女は、

 

 そう。北風小僧の貫太郎がまだ山に帰ってないからよ。

 


 そうなの。

 

 そう。貫太郎はね、恋をして、帰れないでいるの。

 

 え。だれと?


 えっと、佐伯さん。佐伯日向子さんね。
そしてね、貫太郎と日向子はつきあうのよ。
つきあって、居酒屋に行くのね。
そうしたら、居酒屋の大将が、
「きょうは、やけにこの店寒いな」とか言うわけ。
焼き鳥なんか、ほっとおくと凍っちゃうくらいなの。
貫太郎がいるからね。

 お客さんも、この店寒いなって言うのよ。
 
 だから、迷惑になるからって、ふたりは居酒屋を出るの。
そして、公園で、「日向子ちゃんは、ぼくといても寒くないの?」
と訊くの。「うん、そういえば、わたしのおばあちゃんが、
『常春の国のこたつ王国』の女王だったって」

 

ところが、それは、北風小僧の貫太郎と、
日向子は、ロミオとジュリエットとおなじような間柄で、
いっしょになることはできないの。

 

 

 そんなときに、エイジェントの雪ばんばから、
手紙がくるの。

 「地上で、仕事をしているはずなのだが、
どうも、地上の女と、いい仲になっているという
話があるけれども、どうなっているのだろう」


 そんな内容なのね。それだから、
貫太郎は雪ばんばのところに出向いたら、
「仙人に会いなさい」と指示があったので、
貫太郎は仙人のところに行くの。

 


 で、そこで、「さよならの小瓶」をもらうわけ。
この液を飲むと、いままでの歴史がぜんぶ忘れられるの。

 それでね、貫太郎は、「さよならの小瓶」もって
日向子のところに行くの。
で、これ飲んでごらん、ぼくもいつも飲んでいるんだ、って。

 

 

日向子が飲み干すんだけれども、貫太郎は、そのコップを
落としてしまうんだな。だから、「さよなの小瓶」の液を
飲むことができないの。


 だから、日向子はすべてをわすれてしまって、
いま、ここにいるのはなぜ、みたいな顔しているわけ。

 でも、貫太郎は、なにもかもわすれられないから、
日向子のことは忘れることができないの。

 

 

  その悲しさのあまり、貫太郎に羽が生えてきて、
貫太郎は、かもめになって北の海に飛んでいってしまうの。

 

 あのさ。


 なに?


 貫太郎はここにいないの?


そ。


 北に海に行っちゃったんだよね。


 そうよ。

 

 でもさ、まだ寒いのは、
北風小僧の貫太郎が
まだ山に帰ってないっていう話だったんだじゃないの。


 あら。

 と言って、彼女は高らかに笑っていた。