M子が箱根に行きたいというのでつきあった。
ガラス館に、欲しかったネックレスがあって、
それを買わないまま十八年も時間が経ってしまったらしい。
箱根に「ガラス館」?
どこ?
たしか「ガラスの森美術館」が
芦ノ湖にあったはずだ。
ま、ともかく、芦ノ湖に向かう。
平日だから、道中すこぶる快適、午前中にはすでに湖畔に着いてしまった。
「ガラスの森美術館」は、
むかし行ったことがあるものの、
うろ覚えであったのだが、そのたたずまいは、
むかしのままという印象だった。
M子の家から箱根まで、彼女はじぶんの彼氏の話ばかりした。
かれがうちに来ました。酔って寝ちゃったから、
わたし、かれの携帯みたんだ。
そうしたら、吉田(仮称)ってメールがあるのよ。
でね、見たら、このあいだのことは誰にも
言わないから、平気、ひろちゃんには迷惑かけないよ、
とかあるのよ。
は? わたしはおもいました。
なにこれ?
サッカー部のひとはわかってないから・・・って、
え、じゃあ、この吉田って、うちの子と同級生の吉田さん?
ちょっとぉ。
わたしはね、びっくりしちゃって、
かれをたたき起こしたのよ、
なんなの、このメール? って。
そうしたら、んー、とか言いながら、
かれ、起きてきて、
ああ、どーせお前には信じてもらえないさ、
とか言うのよ、なんなの、
(なんなのって言われてもおれにはわかんないよ)
じつはな、彼女から告白されたんだよ、
だけど、おれ、どうしていいかわかんないから、
このメールほっておいたんだ。
そう、かれ言うのよ、信じていい?
いやー、信じられないよな。
そうでしょ。
でね、わたしはかれに問いただしました。
吉田さんとはどういう関係なの?
って、そうしたらかれ、
ん。いや、なにもないよ。
だって、
もー、わたし厭(いや)。
「ガラスの森美術館」に入る。
園内はクリスマスモードにシフトしているから、
庭の木々はガラスの飾り付けできらきらしている。
わたし、ここに来たことないわ。
あ、そう。じゃあここの売店じゃ、
お目当てのネックレスないかもな。
でも、ここが、ガラス工芸品じゃ、いちばん所有しているとおもうけどね。
そうなの。
たしかに売店には、
ガラスのネックレスがずらっとならんでいる。
M子は、そのひとつひとつを吟味しながら、
じっくりと見入っている。
ここにはないわ。
あ、そう・・・ま、いちども来たことないんだから、
そうかもね。じゃあ、箱根神社のほうに行ってみるか?
うん、たしか、神社があったような記憶なの。
わたしたちは、彼女の十八年前の記憶を
たどるように車を走らせた。
まるで、記憶喪失のリハビリみたいに。
まるで、四つ葉のクローバーをさがすように。
あ、ここに来ました。
M子は箱根神社のまえでそう言った。
あ、オルゴール館だ。思い出した。
オルゴール館で買ったんだ。ね、わたしえらくない?
えらくはないとおもうけど、
まあ、それならそれでよかったよ。
わたしたちは、小雨のふる箱根の散歩道をとおって、
湖畔のオルゴール館に向かった。
あ、ここ!
M子は、すこしはしゃいだようにそう言った。
一階のフロアの片隅にネックレスは売っていた。
楕円のガラスのネックレス。ひかりの加減で、
青い色が白くみえたり、
赤い色が黄色くみえたり、
そういうネックレスが、赤色、青色、白色とあった。
これよ、これ。あったわ。
わたしは、四十を越した女性でも、
少女のように目が輝くことがあることを知った。
M子は十八年もの間、
ずっと買えずにいたネックレスに出会うことができたのだ。
よかったじゃん
彼女にとっての十八年間の空白、
それが ジグソーパズルのチップの最
後のひとつをはめこめたように、埋められたのだ。
うん、ありがと。
それしにしても、
よく十八年前の土産物が、
いまの時代に残存していたものだ。
ひょっとして箱根という空間は、
いつか、どこかからか時間が停止しているのかもしれない。
わたしたちは車に戻り、もと来た道を走らした。
でさ、わたしたちどうなるの?
え、かれと?
そう、どうなっちゃうの?
かれ、君に甘えたがっているんだよ。
そうなの?
そうおもう
。
そう、それなら、もう一回がんばってみる。
そうしなよ。でもさ、
いちばんだいじな人はほかにいるはずだけどね
。
え、だれ?
え! わからないの?
ああ、主人、あのひとのことはどうでもいいの。