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財布をめぐる冒険

まだスタッダレスタイヤを履いている。

 たぶんもう雪は降らないだろう。
自動車屋のクボイさんに電話したら、
「まだ履いてんの。はやくしろよ」と言われる。

 クボイさんとは、PTA会長いらいのつきあいだから、
友だち感覚で話せる。


 しかし、タイヤを交換っていっても、
毎日、店に出て休みなし、夕方からは予備校だから、
そのひまがない。

 もしあるなら、月曜日のほんの数時間、
月曜日の夜だけは、バドミントンの練習なので、
この数時間しかないのだ。

 日曜日、電子レンジがいかれてしまったので、
店のおわったあと、ドン・キホーテに買いにゆく。

 夜中の2時までやっている、というのは
わたしにとってパラダイスである。

 もっとも廉価なレンジを購入し、店に置き、
そして家にもどる。それが日曜日。

 そして月曜日はふだんどおり店に。

 さ、店がおわった、これからタイヤ交換だ。

 じつは、この月曜日は、バドミントンを休んで
小学校の仲間と数十年ぶりに銀座であう、という
イベントがあったので、時間的にも二時間くらいしか許されていない。


 じゃ、出かけるか。

 というときに、免許証がない。


 どこ?


 車のなか?


 なんべん車の中を探したろう。

 しかし、わたしの車は免許証を置くようなスペースはない。

 コート?

 なんべんも見た。


 行動半径は、風呂場かソファか、このパソコンのあるテーブルか、

そんなとろこである。


 あるいは、ドンキホーテに落としたか。


 が、不思議なことに、入口のドアに
購入した、電子レンジの領収書が磁石でとまっているではないか。

 だれが、ここに貼ったのか。おれしかいない。


 この事態は、免許証がわたしの部屋まで戻されたことを意味する。


 それで、わたしはじぶんの部屋があやしい、
と睨んだのだが、いつも置いてある場所にない。

 わたしは、じぶんがそろそろ痴呆のかけらが
混入していることに自覚しているから、
車のキー、免許証、財布、すべて、
ルーティーンで、おんなじ場所に保管することにしているはずなのだが、
そこに「ない」となると、頭が白くなる。

 焦る。汗る。

 やはり、どこにもない。

 で、ついぞ、クボイさんに電話して、
事の事情を話し、タイヤ交換はおあずけとなった。


 免許がなければ、蒲田までゆけないから。


 で、けっきょく、わたしは、免許証もそのなかにあるパスモも
使えないまま、銀座まででかけた。

 だから、きょうは切符である。

 いま、切符の改札は少ないのでずいぶんとまどった。

 銀座での四人は、わたしよりみな偉い奴らばかりだった。

 でも、ター坊が、「こいつ、同窓会の会長なんだ、
このあいだまでPTAの会長だったし」とわたしを紹介したものだから、
マザー上場したミズや東証の社員ののりおも、

「へー、偉いじゃん」とか言っていたけれども、
すこしも、うれしくなかった。

 「お前、前より若くなったな」ってミズに言われたのは、
すこし、われながら相好が崩れたようにおもったが。


 四人の会食は、盛り上がりもなく、ひどくおとなしいもので終了し、
さすが、金持ちのミズがタクシーをひろい、大岡山までもどった。
のりお以外は、みんな大岡山の実家に住み続けている。


 そのあと、早く寝たので、こうやってパソコンにむかうことができるが、
わたしはまだない、免許証をさがなければならなかった。


 置いたはずの机の上、
置いたはずの机の下、
路地裏の窓、向かいのホーム、
旅先の店、新聞の隅、
こんなとこにあるはずもないのに♪



 まさか、とおもったが、わたしはソファをどかしてみた。

と、その真ん中あたりに、わたしが丸一日さがしていた
免許証が、ぽつんと置いてあったのである。

 なんのはずみか、そんなところまで転がっていたのだ。

 コールハーンのやわらかい皮。

 いとしい肌触り。


 やはり、わたしは、いつもどおり、いつもの場所に
免許証を置いたいたはずなのだが、
どういうはずみか、それが落ちて、そのままソファの下まで
転がったのだろう。


 じぶんが、もっとも信じられないので、
自信をもって、ここに置いたはずだと、おもえないじぶんが、
ひどく情けないのである。


 おんなじことをしているはずなのに、
すこしでも、それが変形すると、
わたしは、小鳥を仰向けにすると動けなくなるみたいに、
まったく、なにもできないやつになってしまう。


 もっと、じぶんを信じなければならない、
そうおもうのだが、そのじぶんにやはり自信がないのだ。