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店主日記

使わない言葉

 ことばを生業にしているわたしにとって

流行言葉にはいささか抵抗がある。

というより使わないものだ。  

 

めっちゃおいしい。

とか、まじで? とか、やばい、とか。 「そこ? ですか」とか。 

 

 よく女性の間で「やばくて」なんて

へっちゃらで 使っているひとをよく見かけるが、

そのたんびに 心の中で頭を抱えているのだ。

 

 やばい、なんてちょっと怖いかたの テクニカルタームだって

 「兄貴、やばいですぜ」 なんて使うのが日常だったはずだ。

 

 

 話はかわるが、妻がめずらしく一階のドアを開けて、

「ねぇ、見てよ、このカツ。

徳島のスーパーのカツ みたいでしよ」 といいながら、

たしかに徳島で売っていた薄いカツみたいなのに

卵を混ぜたカツ丼がわたしに手渡された。

 

 

ほんとにめずらしくわたしの部屋まで 入って、

そのカツ丼を見せるのだから、

よほどびっくりしていたのだろう。

 

「ね、これガーデンで売っていたカツよ。 びっくりだわ」

 と、わたしは、おもいがけず手渡された

カツ丼を三時のおやつみたいにいただき 仕事場に出た。

 

 

 と、仕事場にLINEが来た。

 

妻からである。

 

 わたしは、いやな予感がした。

 

 だいたい妻からのLINEは、

怨み事が半分、金銭的な要求が半分だからである。

 

「村上医院から電話があった。 病院にかかった費用の領収書は、

一年まとめてお渡ししたか」

 

「そのことを明日にでも電話ください、 とのこと」

 

「先生は8月23日におなくなりになったそうです」

 

 

三回にわたった妻からのLINEは村上医院の

織茂先生のご逝去の連絡だった。

 

そうだよな。すこし前から織茂先生、

具合悪そうだったからな。

ガタイがいいのに、

声なんかひどく細くなったしガラガラ

ずっと咳き込んでいた。

 

「せんせい、医者に行ってくださいね」

と、むしろわたしが診察のたびに そう申し上げていたくらいだったから。

 

 

「しかたねぇんだよ」 と、

最後の診察のとき 先生がそう言っていたのをおもいだす。

ずいぶん長く先生にはお世話になったし

そんな別れ方しかできないのは、

悲しい気よりもやるせないおもいのほうが強かった。

 

にんげんの別れなんてそんなもんなんだな。

 

 

その翌日、めずらしく店に妻が来た。

 

「ね。おどろいたでしょ?」 唐突に彼女が言うので、

「ああ、びっくりだった」とうなずいたら、

 

「ほんとよ、あたしもおどろいちゃってさ」

 

「だよな。心配したとおり、

だからさ、おれ、前からそう 言ってたじゃん

 

「ねぇ、あんなに薄くなっちゃって」

 

「え、薄くないよ、最期まで大きかったよ」

 

「そう。あれガーデンで買ったのに、びっくりだわ」

 

「え。ガーデン?」  

 

わたしは、そのとき心のなかでめったに言わない

言葉をつぶやいていたのだ。

 

「そこ?」