お隣の家が壊され平地になった。
そのむこうには母の妹、つまり叔母の家も
取り壊され、そこも地続きで平らになって、
それはそれは広い土地が出現した。
バレーボールコート3面くらいの
広さである。
いったい、これからそこになにが
建つのか、喜びよりも不安である。
じつは、この土地はもとはわたしの祖父の
土地であり、東京日日新聞の
第一号の政治記者としては有能だったのか、
この土地を買うことができたのだ。
その両端を、娘である、わたしの母と
わたしの叔母である母の妹に
譲ったのだ。
もちろん、それなりに金銭的な移動は
あったのであるが。
が、それもむかしの話、
いまでは、人の手にわたり、
その隣人が亡くなったために、
広大な土地が露出したのである。
すべてが取り壊され、我が家と
境にしていた塀も壊され、
再度、測量というときに、
どうもわたしの土地が余分に隣人の土地に
はみ出していた、ということになったのだ。
というのも、坂の下の隣に住んでいる方が
わたしどものあずかり知らぬまに
境界線の杭を打たれていたため、
そこから測量すると、うちが土地をはみだして
使用しているということになってしまった。
しかし、この塀は、わたしの父の代からのもので、
すでに80年近く「このまま」なのだ。
既得権からすれば、これうちの土地でしょって
ことになる。それに、梅の大木があって、
もし、測量通りになると梅の大木の真ん中が
境界線になってしまう。
そんなのありかよっておもう。
で、なんどか担当の不動屋さんと
話をつけることになる。
あちらは「法律上は」という錦の御旗で
説明する。
こちらは、なんでうちの土地を
あけわたさなければならないのか、
いままで、住んできて、
法律では、ここはあなたの土地では
ありませんって言われなければならないのか。
デュ―プロセスオプロ―、
正当な法的手続きであっても
不条理さはまぬがれない。
その誤差はおよそ一坪である。
一坪といっても、口幅ったいが、ここは東京である。
二十三区内の山の手の土地である。
はい、どうぞっていうわけもいかないだろう。
そもそも大正生まれの父が購入した
土地なのである。
ただ、担当の不動産屋さんが
とても律儀で誠実な雰囲気だったので、
わたしの不平を快く理解してくれているようだった。
あまりにも理不尽なことをわかってくれている
みたいだった。
で、わたしはその彼にこう言ったのだ。
「銭湯があるじゃないですか」
と、担当者は「は」って顔でこちらを見る。
唐突に銭湯の話だからだ。
「女性の銭湯でのある光景ですが、
隅のほうでからだを洗っている女性に
少し年配のひとがやって来て
『そこ私の席だからどいて頂戴』っていう話が
よくあるんですよ」
「はぁ」
「公共の、共同の銭湯でも
決まった場所があるんでしょうか、
そこ、どけって言われるんですよ。
あなたならどうおもいます?」
と、わたしは不動産屋さんに尋ねた。
「それはいやですね」
「でしょ、わたし、いま、それと
おんなじような気持ちになっているんですよ」
と、担当者は理解したのか、
あるいはどうあいさつしていいものか、
すこし下を向いて黙っていた。
けっきょく、金銭的な解決しかなかったのだが、
それはそれとして、
妻に銭湯のたとえ話を妻にしたのだ。
こんふうに言ってやったんだって。
と、妻は言下にこう答えた。
「めんどくさ」
