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店舗案内

「じゃないですか」考 になっていない・・

昨日、エレベータの中で

若い男女の会話を耳にした。

たぶん、医療系の学生だろう。

薬のことを話していたから。

しかし、彼女のしゃべりかたが

文節なのが気になってしかたなかった。

 

「わたしぃ、眉毛を、今日は、

手入れを、してなくてぇ、少しぃ、太く・・」

と、一文節ずつ語尾の口調が

ドミナントに高い音程になっているのだ。

 

めんどくせぇのがいるな、

とおもったが、赤の他人だからいたしかたない。

 

気にしなければいいのだ。

 

ひとのしゃべり方というのは

ひどく気になるときがあって

どうにもこうにもいらっとするのだ。

 

 

「禁煙席でよろしかったでしょうか」

と、はじめていった木曽路の店舗では、

「は、あなたわたしのことしらないでしょ」と

きびすをかえして帰ったこともある。

 

 「1000円からお預かりします」の

「から」も気になる。

 

「アイスコーヒーになります」も

しっくりこない。

じゃ、アイスコーヒーでなかった以前は

なんだったのか、聞きたくなるのだ。

 

「シーザーサラダになります」と

机においてきた店員さんに「いつなったんですか」と

訊いたこともあった。

 

めんどくさい客である。

 

が、そんな些末なことはさておき、

わたしがもっとも気になってしかたないのは、

「人なんです」である。

 

「わたしって辛いものダメな人なんです」

の「人なんです」である。

 

「すみません、辛いもの食べられなくて」って

言えばいいじゃん。

 

なんで、そこに「人なんです」ってつけるんだ。

もともと人間なんだろ、人なんですってなんだ?

 

あの言い方に、ナルシスの水仙の花のような

自己愛が、ふんだんにかもされていることに

わたしは、きっと腹を立てているのだろう。

 

「わたしって〇〇の人なんです」と言われたとき、

おそらく、会話がいっしゅん止まる気がするのだ。

 

 そのナルシズムに対して

そのひとの人格を拒絶するタイムラグが

そこにあるからである。

 

 こちらが身構えてしまうのだ。

やなやつだなって。

 

 でも、たまにいるよね、そういう言い方を

するひと。

 

 で、そこに「じゃないですか」がついたら、

その人とは二度と会いたくない。

 

「わたしって辛いものダメな人じゃないですか」

 

 うるさい。だまれ。