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当店は閉店しました

店舗案内

そうじゃなく

 なくて七癖とはよく言ったもので、

わたしは、どうも、ひとにものを申すときに

端折る癖があるようだ。

 

 ま、いろいろかんがえはするのだが、

その過程、プロセスが欠落するのだ。

 

 まだ、店をやっていた時分、

三階で暮らしている猫と息子と妻と

いっしょに軽く食べられるものないかな、

と、よく行く、果物屋兼八百屋さんに出向く。

 

店主も愛想よくあいさつしてくれて、

わたしも応じる。

 

「何にしますか、箱で売りますよ」

「いや、店でつかうものじゃないです。

うーん、なにか食べられるものありますか」

と、わたしは店主に訊いた。

 

と、ご主人は、くすっと笑って

「うちの商品は、全部、食べられますよ」

と言った。

 

ん、あたりまえじゃないか。

「市場のあんちゃん」という店は、

食べ物を小売りしているのだから、

わたしは、「三人で食べられるもの」のくだりが

すっかり欠落していたのだ。

 

と、横で知らない老婦人に言われた。

「おもしろいこという人ね」と。

 

 

やなか珈琲店という店が

わが街にもある。島田さんという方が

経営されいる。

 

むかし、ここで珈琲を飲むことが

日課となっていた。

 

 ここの店には、「本日の珈琲」といって

すこし値が張るが、ブラジル・モカ・キリマンジャロ、

日々、産地を変えた珈琲が提供される。

 

 ブラジルサントス、これは港の名前である。

わたしは、いつも「本日の珈琲」を注文し、

壁にかかっている世界地図を見ながら、

あ、今日は、サントス港の珈琲か。

あの辺で採れた豆なのだな。

と、そこで、

どんな人がどんな工程で、この豆をつくって

いるのだろうと、想像しながら、

その珈琲を香とともにすするのだ。

 

それは、まさしく、珈琲との対話に

ほかならない。

こういう一方的ではあるが対話が

珈琲の魅力のひとつだろう、とわたしはおもった。

だから、わたしは島田さんにそう

もうしあげたのだ。

 

「ね、珈琲って会話だよね」と。

 

と、かれは言下にこう答えた。

「スワヒリ語ですか」

 

「・・・そうじゃなくて・・」

 

じぶんの性癖のせいだから

いたし方ないのだが、

これから、また

わたしはかれに、いまとおんなじ

面倒な話をすることになるのだった。