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言葉はむつかしい

九月からまた高校の授業生活がはじまった。

久しぶりの高校教師である。

 

いまの高校生は語彙数が貧弱だ。

そもそも日本語、日常不便なくつかうためには

2万7000語は必要といわれているが、

とくに若者言語は「やばい」「まじで」「ちょー」

「めっちゃ」で構成されているので、

27000語はおろか5000語ももたないのではないか。

だから、とうぜん、

常套句や慣用句を知るはずがない。

 

「まな板の上の」なに? と訊いても

「肉?」とか答える。

あるいは「魚?」 うん、ニヤミスである。

 

 「体板のなに?」と訊くと、

高校の授業で、ある女子高生は「猫」と答えた。

 

「え、板に猫がはりついてるのか?」とわたしが言うと、

となりの女子高生が「じゃ、犬?」

 

「立て板に犬」どんな情景なのか。

 

 ちなみに、言葉というものは、

そのひとの心理も如実に表されるものである。

 

自信がないとき、あるいは、

自信がないけれども、そう相手におもわせないで

さも、真実のように語るばあい、「うん」を多用する。

 

「うん、この参考書を使うといいよ、うん」

なんて具合である。

 

 これは、まずみずからには間違いがない、

という自己暗示のようなものが働いて、

冒頭に「うん」と言ってしまい、話の末尾にも

「うん」と言う。

「わたしには間違いがないはずだ」という

暗示と相手に対する間違いのない指導をしたという

暗示の両義的な意味が『うん』にあるのではないか。

 

これが、勧誘電話だと「はい」になる。

突然、家にかかる勧誘電話。

「はい、わたし〇〇コーポレーションの〇〇ともうしますが」

だいたい、こんな感じで唐突にやってくる。

 

まずは「はい」からはじまるのが

常套的だ。

 

これも、「わたしのサジェスチョンには間違いがない、

という無意識と、どこかやましいことがあることの

隠ぺいが『はい』に打ち込められている」

 

だから、わたしは「はい」からはじまる

だれだからわからない相手には
「もう、けっこうです」と答えることにしている。

「は、わたくしまだなにも申し上げておりませんが」と

挨拶するオペレーターもいる。

その方には、わたしはつづけて

「あなたはすでに二つの間違いを犯してます」と

言って、電話を切ることにしている。

間違いというのは、

「はい」から話しはじめたことと、

勧誘なら、電話ではなく脚を使って実地に

誘わなかったことの二点である。

 

27000語もさることながら、

使い方もしっかりと理解しなくてはならないだろう。

 

昨日、立て板に水の話を

予備校の生徒にも訊いてみた。

 

「あ、なんだっけな、一番前の

男子生徒が頭を抱えて、えー、

立て板に・・・腕押し」って答えた。

 

 と、その後ろの女子学生が

ぼそりと言った。

 

「暖簾」