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 ひさしぶりに彼女のあかるい声を聞いた。

 

「今日は、調子いいんだ」

 

「そう、よかったね」

 

「満月が近いからかな」

 

「ふーん、ずいぶん影響されるんだね。

そういえば、山田五郎さんなんか気圧が

低くなると具合がわるいって言ってたな」

 

「そう」

 

「ねぇ」

 

「なに」

 

「なんか、ぐしゃぐしゃうるさい音かするんだけれど」

 

「そう、紙破いているの」

 

「紙?」

 

「うん、好きなの。そういえばね。

うちの玄関にものすごくおおきなネズミが

死んでいて、さっき、川に捨ててきたんだけれど」

 

「へぇ」

 

「たぶん、レベッカが闘ってここまでもってきて、

家にいれるのをはばかって、玄関に捨てたんだな」

 

「まだ子猫でしょ」

 

「そ、ついにレベッカもネズミを取るまでに成長したんだな」

 

そのあいだ、電話口の向こうでは、

なにか悲劇のはじまるような大きな音がつづいている。

 

「ね、なにしてんの」

 

「ん。だから紙破っているの」

 

「なんでよ」

 

「だから、さっき言ったでしょ、好きなのよ」

 

「紙破くの?」

 

「そう」

 

「なんで、また」

 

「心がすっきりするの。ごちゃごちゃしていると、

まだ、そこにあるとおもうじゃない。遠くのものは

遠くに行けばいい」

 

「なら、破かずにそのまま捨てればいいじゃない」

 

「うるさいなぁ。破くのが好きだって

言ったじゃない。なんかね。ものごとが

終わったような感じになるのよ」

 

「ふーん、おもしろいね」

 

「あなたも試してみたら。楽しいから。

古くなった服なんかざって破いて

布草履にするんだけど、ビリビリってするの

楽しいじゃない」

 

「それって破壊思想なんじゃない」

 

「破壊思想?」

彼女は大きな声で笑い出した。

 「ちがうよ」

 

わたしは、彼女の好きなものをはじめて

聞いた気がするが、その楽しさの同意を求められても、

うなずくことはできなかった。

 

紙を破くのがどうして楽しいのか、

ひとつのものを半分に

またその半分にすることの快楽を

わたしはどうしても共有することができなかったのだ。

 

ナイーブをつきつめるとプリミティブになる、

そう解いたのは、泉下の小野茂樹である。

地中海という短歌結社のエリートだったが、

交通事故で夭逝された。いま、その仲間で、

甲村秀雄さんや下南拓夫さんらが活躍されている。

 が、小野さんが亡くなられて、わたしは

地中海という大結社がおおきく舵取りを

かえたのではないかと、そうおもっている。

 

 ひょっとすると、紙を破くという身体運用は、

そのみずからの内に秘めたるプリミティブさを

刺戟する行為ではないか。

  理由などどうでもいい、じぶんのなかにある、

原始的なDNAとみずからが対話する、

そういうときに、われわれは快感をおぼえるのでは

ないだろうか。

 わたしは、彼女との会話のなかで

なんとなくそんなことをおもっていた。

 

と、ひときわ大きな破れる音がした。

 

「こんどは、またずいぶん大きな紙、破っているんだね」

 

「ううん、いまは破いていない。ナイロンからタバコだしてるの」

 

「・・・」

 

 ひとそれぞれだからべつにかまわないけれど。