店主日記
店主日記

コメダにて

 何年かぶりに東京に雪が積もった。

一週間の唯一の余暇であるバドミントンも、

事務局のアツミ姉さんの「歯医者も午後から休診」という

意味不明の理由で中止となった。

 

 しかし、こんな悪天候のなか、仕事のつごう上、

どうしても会社の「履歴事項全部証明書」がいるというので、

わたしは、電車で鵜の木という鄙びた駅まで

行くことにした。ふだんなら、車でなんなく行けるのだが、

ことしにかぎってスタッドレスを履いていなかったのだ、

 

 鵜の木の駅のとなりの駅にむすめが住んでいる。

だから、ちょうど時間にも余裕があったので、

ラインでむすめを誘ってみることにした。

誘いのメールは前の日に送っていた。

 

「コメダのチョコノワール食べよう」

というような内容だったが、

「雨降ったら、遊びにいかないからいいよ」

という返事はその日にすぐ返ってきていた。

 

 雨どころではない、大雪である。

 

 わたしは、役場で書類を受け取ると、

雪道のなか、コメダに歩く。

 

 雪の日は、なにか店内も

ふだんと違う、すこし張り詰めたような、

あるいはどんよりとしたような空気を感じる。

 

 わたしは席につくとむすめの来るのを

窓際で待った。と、数分で彼女がやってきた。

外の窓からわたしを認めたようだった。

 

 「入り口、滑るね」

彼女は、まだ一歳にならない百々花を

しっかり胸にだいて、まるでカンガルーの親子のように

わたしの前にすわった。

 

「泣かないね」

 

「うん、おじぃちゃんってわかってるんだよ、きっと」

 

「そーか、おじぃちゃんらしいこと

してないけれどな」

 

「だって、ユー君見たときなんか、ワンワン泣いたし、

わたしが、美容院に行ったときも、ずっと泣かれて、

わたし立ったまま、髪切ってもらったり、

髪染めてもらったんだ」

 

「ふーん」

と、わたしの孫は、わたしの指をいじりだした。

 

「お前、仕事に行くのか、これから」

 

「うん、四月からね」

 

「託児所どうするんだよ」

 

「二月の結果まち」

 

「受からなかったら?」

 

「お母さんに時給はらってみてもらおうかな」

と、むすめは笑い出した。

 

 これは、冗談ではないとおもった。

 

「よしてくれよ。店の手伝いがあるんだから。

おれに全部、しわ寄せがくるじゃないか」

 

「だって、じぶんではじめたことなんだから、

それはじぶんで処理すればいいじゃない」

 

と、このフレーズは、妻がわたしにのべつ

言っている言い方である。むすめに遺伝しているのかと

わたしはすこしおそろしくなった。

 

「いま、おれの行っている職場な。

まだ二十歳そこそこのやつが、おれのこと

○○さんって、さん付けで呼ぶんだな。

だから、言ってやったよ。さんじゃなくて

先生な」って。

 

「めんどくさいね」

 

「そう、嫌がられているとおもう。でも、

さんで呼ぶのは、用務員さんか

主事さんくらいなもので、上の先生は、

やはり先生と呼ぶべきだ。

 おかけで、生徒まで、へいきでさんで呼ぶ。

だから、訊いたのよ。お前、学校の先生、

さんで呼ぶかって。したら、呼びませんって。

な。そんなもんだろ。先生って呼ぶことで、

すくなからずレスペクトの気持ちが湧くのさ。

その気持ちがなくなると、おれたちゃ金はらってるんだから、

ちゃんと教えろよ、という気持ちに直結する。

その気持ちを希釈するのが、先生という呼び方よ」

 

「ふーん。そうなんだ。わたしも、

いままで、みんなおんなじ制服だったんたけど、

いまは、年数とか役職でぜんぜんちがっているよ。

わたしくらいになると襟がついたりするんだ」

 

「そう。どこもそうなんだな」

 

と、そこにシノノワールの限定品が運ばれた。

 

 フォークは三っついていた。百々花のぶんもあったのだろうが、

百々花はむすめの持参したせんべいを喜んでたべている。

 

「これ、おいしいか」

 

「うーん。なんかパンみたいだね、ミキちゃんだったら好きそうな味だな」

 

「あ、ミキね。まだあのしょぼいやつとつきあっているのか」

と、むすめは笑い出して

「あいかわらず、毒はくよね」

 

「え。毒? おもったとおりを言ったまでだが」

 

「わたしも、よく毒はくって言わてるけれど、

さいきん、丸くなったねって言われる」

 

毒の話になると、どうもこちらに軍配があがらないので、

話題をもどすことにした。

 

「でも、ここのソフトクリーム、これでもかって

くらいはいっているんで、そこがいいな」

 

「うん」

 

「でも、ソフトクリームってにんげん、

いらない食べ物なんだろ」

 

「そんなこと言ったら、なんにも食べられないじゃん」

 

むすめは、今晩はポトフにするという。

訊けば、ソーセージも入れるという。

ソーセージも食べてはいけない食品の代表選手である。

しかし、あんまり言うと、毒々しくなるのでやめにした。

 

 一時間半くらいコメダで話してから、

わたしたちは、店を出た。

 

 このようなカタチでむすめと会い、どうでもいい会話をし、

横には、泣かなかった孫がずっといる、という経験を

わたしははじめてした。

 

 店を出たら吹雪である。

 

 百々花に、厳重に着物を纏わせ、帽子をかぶらせ、

むすめが先をあるく。

 

「おとうさん、ここ滑るから気をつけてね」

 

 うん、おとうさん、という響きはいつ聞いても

いいものである。